特別な瞬間だった。
2019年3月3日、ラツィオはダービーで宿敵ローマを3-0で下した。
カイセドが先取点を奪い、インモービレが2点目を叩き込む完璧な展開にラツィアーレは沸き立った。 そして、カタルディが3点目を決めた瞬間、クルヴァノルドはこの日最大の盛り上がりを見せた。
ゴールを決めたカタルディは一目散にゴール裏へ駆けていき、ファンもまた彼の名前を絶叫した。
なぜ彼らはこのゴールに喜びを爆発させたのか。その背景にはある物語がある。
「未来のバンディエラ」
カタルディはラツィアーレにとってただの選手ではない。
下部組織で早くから頭角を現すと、18歳の時にプリマヴェーラでリーグ優勝を成し遂げ、翌年にセリエBのクロトーネへ期限付移籍。プロ初挑戦ながらチームの主力として35試合に出場し、昇格プレーオフ進出に大きく貢献した。
そして、カタルディはローマに帰還した14-15シーズンにトップチームデビューを果たす。12歳からラツィオのユニフォームを着て育ってきた少年が順調にスターへの階段を駆け上がるのをファンは大いに喜び、やがてカタルディは「未来のバンディエラ」として期待を受けるようになっていった。
彼の明るい未来を願ったのはファンだけではない。ある試合の中で、チームの年長者であるマウリとラドゥはカタルディにキャプテンマークを託した。カタルディのラツィオでの大成を願ってのことだった。
ファンとの確執
ところが、2016年に入るとファンとカタルディの関係が一変する。
プリマヴェーラ時代にカタルディを指導していたシモーネ・インザーギがトップチームの監督に昇格すると、インザーギはさらなる成長のため、ジェノアに期限付移籍で愛弟子を送りだした。
そして、ラツィオがそのジェノアと対戦したときに決定的な出来事が起こる。
ラツィオは終盤まで1点をリードしていたものの、ロスタイムでゴラン・パンデフに同点弾を決められてしまう。
パンデフはラツィアーレが最も嫌悪する選手の一人だった。彼はラツィオを離れてインテルやナポリといったライバルクラブへ移籍し、度々古巣への敬意を欠く態度を見せてきた。この時も、古巣相手であることは気にかける素振りもなく、自身のゴールに酔いしれていた。
そして、あろうことかカタルディもこの「背信者」が作った祝福の輪に加わってしまったのだ。
ウルトラスはこの行動に困惑し、以下の声明を発した。
ダニーロよ。俺たちはお前がラツィオを貶めてきた者のゴールを祝うのを見た。これはクラブとファンへの侮辱だ。お前の居場所はラツィオにはない。ジェノアで長いキャリアを築くことを願っている。ありがとう、そしてサヨナラだ。
ファンの失望は大きかった。
プリマヴェーラで育ち、若くしてキャプテンマークを着けたカタルディに、アレッサンドロ・ネスタの姿を重ねる者も多かった。 だが、そのネスタと同じようにバンディエラとして期待された者がまたラツィオを離れていってしまう―。そんな苦しい思いが彼らの胸にはあった。
一方で、カタルディは自身への批判にこう返した。
ラツィオは僕にとってただのクラブではない。心の中の家であり、家族だ。そして、それはこれからもずっと変わらない。12歳でクラブに入ってから経験したどの瞬間も忘れることはない。ラツィオのおかげで僕は少年からひとりのプロになることができた。
そして、僕はジェノアでプレーするチャンスを得たことも誇りに思っている。彼らは僕がこの素晴らしいクラブで成長することを信じてくれている。今、僕は全身全霊をジェノアに捧げている。それは、ラツィオで再びプレーできることを願っているからだ。
自身の心はラツィオにあり、そこに帰るためにジェノアの一員として全てを捧げている。そう彼は語った。
思いの全てをこめて振り抜いた
そして、その言葉通りにカタルディは2年後の18-19シーズンにラツィオに帰ってくる。
以前とは状況が変わり、ラツィオの中盤には新たなスターが加入し、出場機会にはなかなか恵まれなかった。これまでのように絶大な期待を集めることもなくなってしまった。
そんな中、カタルディはローマダービーという絶好の舞台でチャンスを掴んだ。
地元出身のカタルディはダービーがどんな意味を持っているか誰よりも良く理解していた。
かつての対戦でストロートマンがラツィオのベンチに水をかけた時は、まっ先に飛び出し、退場を命じられるまで怒った。
そんな特別な試合で、カタルディは絶好の形でパスを受ける。
迷いはなかった。
これまでの思いを全力でぶつけるように脚を振り抜き、そうして放たれたボールはネットへと吸い込まれていった。まさに、止まっていた時計が動き出したような瞬間だった。
ラツィオで活躍するという夢を叶えるため、異なるクラブを転々とし、ファンとの確執や挫折を乗り越えて、最高の舞台でゴールを決めた。
ラツィアーレとカタルディがこのゴールに感情を爆発させたのは、そうした苦難を越えてようやく大きな一歩を踏み出せたからだ。
もちろん、ダービーのゴールがキャリアのすべてではない。本当の意味でカタルディが夢を叶えるためには、激しいポジション争いを乗り越え、その上でチームを勝利に導く活躍を続けなければならない。
だが、カタルディがあの夜決めたゴールは、ラツィアーレが心の中にずっと思い描いていた「未来のバンディエラ」が夢ではないと感じさせる、大きな意味を持つものだった。